膝の痛み

膝の痛みについて

膝が痛いというのは若年者、中高年者、高齢者と幅広い年代にみられる訴えです。まず、若年者ですが中高生に多いオスグットシュラッター病、靭帯損傷、半月板損傷などが多くみられます。次に中高年者ですが、その多くは大腿四頭筋や脂肪体、膝窩筋といった筋肉の問題が多くみられます。次に高齢者ですが「変形性膝関節症」といって膝の軟骨がすり減ってしまう病気が多くみられます。
同じ膝痛ですが、まず鍼灸の適応か不適応かを判断することが重要になります。

鍼治療の適応・不適応

適応 不適応
膝窩筋炎 半月板損傷
ジャンパー膝(膝蓋腱炎) 遊離体がある
オスグッド・シュラッター病 前・後十字靭帯損傷
鵞足炎 内・外側側副靭帯損傷
変形性膝関節症(初期、中期) 変形性膝関節症(末期)

当院では上図の適応の方を対象とします。変形性膝関節症でO脚が強い場合は不適応になる可能性が高いです。ご自分で判断がつかない場合は初見時に適応、不適応の判断をさせていただきます。

解剖と運動学

膝関節は大腿骨と脛骨で構成される脛骨大腿関節と、大腿骨と膝蓋骨(お皿)から構成される膝蓋大腿関節という二つの関節があります(下図参照)。脛骨大腿関節では伸展位(伸ばした状態)で接触面が大きく、屈曲位(曲げた状態)で接触面は小さくなります(下図参照)。膝蓋骨は主に大腿四頭筋腱と膝蓋靭帯により固定され、屈曲すると下方へ移動します。靭帯は膝関節の外側に外側側副靭帯があり、内側に内側側副靭帯があります。また、関節内に前十字靭帯、後十字靭帯があります(下図参照)。

膝の構造

膝の屈曲、伸展

大腿骨と脛骨の間には半月板という線維軟骨から成り、内側半月と外側半月に分けられます。内側半月はC形を呈し、外側半月はO形を呈します。半月板は血行に乏しく、周辺部分のみ関節包から血液供給を受けています。半月板の主な役割は、荷重面を増やして応力を分散する事です。膝はドアの蝶番のように曲げる伸ばすという動きが主ですが、膝が曲がると大腿骨はやや後方へ移動します。ということは、膝を曲げるにしたがい、大腿骨が後方へ転がるのです。屈曲時に外側半月板は膝窩筋腱膜により約1~1.5cm後退し、内側半月板は半腱様筋腱膜により約0.5cm後退します。内側半月板の移動が少ない理由は内側半月板と周辺組織の結合が外側半月板より強いからです。回旋時(ひねる動き)にどうなるかというと、大腿内旋(腿内捻り)で外側半月は前方移動し、大腿外旋(腿外ひねり)で外側半月は後方移動します。回旋動作では半月後方に負荷が高まり、大腿外旋時には外側半月板後方に、大腿内旋時には内側半月板後方に応力が集中します。
半月板損傷はバスケットボールやバレーボール選手に多くみられます。急激に膝を曲げ、内向きにする動作やジャンプの着地で膝が内向きになる、こんな動作で半月板損傷が多いのも上記の内容で理解できるのではないでしょうか。

膝の筋肉

膝の前側にあるのは大腿四頭筋です。大腿四頭筋というのは内側広筋、大腿直筋、外側広筋、中間広筋を総称した名前です。図の通り、面積が大きい筋肉で中間広筋は深層にあります。内側広筋、大腿直筋、外側広筋は表層にあるため、筋肉が痩せてしまうと見た目で分かります。また触診で筋肉の硬さも評価しやすいです。大腿四頭筋は膝を伸展(伸ばす)する作用があります。膝関節筋というのは、あまり知られていませんが中間広筋の深層にあり、膝蓋上包という組織を引っ張る作用をします。

大腿前面の筋肉

次に大腿後面にある筋肉です。外側に大腿二頭筋、内側に半腱様筋、半膜様筋があります(下図参照)。この3筋を総称してハムストリングスといいます。坐骨結節から脛骨に付着しており、膝を屈曲(曲げる)する作用があります。

ハムストリングス

次は膝と下腿(膝~足首まで)後面の筋肉を見てみましょう。表層に腓腹筋、深層に膝窩筋(膝裏)、足底筋、ヒラメ筋があります。腓腹筋とヒラメ筋を総称して下腿三頭筋といいます。腓腹筋は脛骨から始まってアキレス腱となり踵に付着するため膝を曲げる作用がありますが、ヒラメ筋は脛骨から始まるため、直接膝の動きに関わりはありません。
膝の裏側には膝窩筋と足底筋という臨床上、重要な筋肉があります。膝窩筋は膝の安定性に関わり、下腿の過剰な外旋(外捻り)を防ぐ作用があります。また、足底筋は大腿骨からアキレス腱を介し踵に付着します。その働きは膝を屈曲、足を底屈(アクセルを踏むような動作)させることです。

膝・下腿後面の筋肉

膝の運動学

膝関節は蝶番関節で運動方向は屈曲(曲げる)、伸展(伸ばす)、外旋(外捻り)、内旋(内捻り)の4方向です。下図は屈曲、伸展の可動域です。大腿骨と下腿(腓骨)の角度を見るのですが、屈曲(曲げる方)は最大150度です。150度曲がるようであれば正座は問題ありません。140度程度だと正座出来るが突っ張る感じがする、135度だと正座は難しいです。伸展は5-10度とありますが、高齢者になると多くの方は0度以下になります。

膝関節屈伸可動域

次は回旋です。下図のように腰かけてつま先を左右に動かしてみてください。注意すべきはここで膝のお皿を動かさないことです。外向きの方が大きく動くのではないでしょうか。外向きの時、脛骨は外側に捻じれているので外旋、内向きの時、脛骨は内側に捻じれているので内旋といいます。参考可動域は下図の通りです。

膝の回旋図柄

膝と姿勢の関係

高齢者に多いのは変形性膝関節症ですが、その中で「膝が伸びない」人が多くいます。図のAは健常人、Bは「膝が伸びない人」です。黄色い縦線は重心線でAの場合は効率よく体の軸と平行に通過しているのが分かるかと思います。Bは膝関節、股関節の位置が重心線から離れているため、太腿の前側やお尻の筋肉を収縮させて踏ん張らないといけません。また股関節がくの字になることにより、状態を直立させるため、腰は反らないといけなくなります。腰の筋肉も過剰な負荷を生じさせるのです。
このように、膝に問題を抱えると股関節や腰にも影響を与えやすいので、全体を見る視点でも評価が必要なのです。

膝伸展不全の姿勢

評価

問診では受傷起点の有無を聞きます。中高生に多いのはスポーツをしていて膝を痛めた、というケースが多いからです。この時点で鍼灸適応外の可能性が高ければ、念のため整形外科的テストを行い整形外科を受診してもらいます。また、膝以外に腰痛や股関節痛などの有無を確認しておきます。
次に痛みの部位を確認し、どんな時に痛むのか、どんな姿勢がつらいのか等を確認し、触診して問題の筋肉を確認します。
それから、関節の可動域を診ますが、「正座が可能である」という情報を得られていて、「膝が伸びない」ということも無ければ、可動域検査はやりません。できるだけ検査の時間を効率的にするには、必要な検査のみ行うのです。

次に挙げるのは代表的な整形外科的テストです。詳細なやり方は割愛します。

検査名 疑われる障害
マックマレーテスト 半月板損傷
内反・外反ストレステスト 内・外側側副靭帯損傷
前方・後方引き出しテスト 前・後十字靭帯損傷
アプレー圧迫・牽引テスト 半月板損傷
膝蓋骨圧迫テスト 膝蓋大腿関節障害

各疾患の治療法

膝窩筋炎

中高年以上で一番多いのは「膝の裏が痛い」というケースです。膝の表側が痛いといったケースでも実は膝窩筋に問題があったということも多々あります。股関節痛でも「お尻が痛い」という訴えでも実は骨盤の前側にある腸骨筋が問題だった、ということもありますので、こういうことを念頭において触診をしなければいけません。
うつ伏せで左右の膝裏を圧迫すると痛みや硬さがあります。膝裏の中でも内側、中央、外側、上下と部位を変えて押してみて問題部位を具体的に把握します。多くのケースで膝裏中央に圧痛があり、内側か外側も痛む場合は、腓腹筋の内側か外側も圧してみます。

足底筋、膝窩筋に問題がある場合は50~60mmの鍼で縦3列横3列の計9本を刺針します。膝裏内側寄りが痛ければ、これら9本を内側寄りに、膝裏外側が痛ければこれら9本を膝裏外側寄りに刺鍼します。最後に60mmの鍼で内側から外側に向けて斜刺します。さらに内ふくらはぎが痛む場合は腓腹筋内側頭、外ふくらはぎが痛む場合は腓腹筋外側頭に横刺します。

膝窩筋、足底筋の刺入部位

3回程度の施術で終了していきます。

ジャンパー膝(膝蓋腱炎)

これは中高生に多く、ジャンプを繰り返し着地の衝撃、又はオーバーユースで膝蓋腱、膝蓋下脂肪体に炎症を生じます。症状はジャンプ競技だと、痛くてジャンプが出来ない、ランナーだと走行時または走行後に痛みを生じます。痛みの部位は膝蓋腱(お皿の下)でこの部位を圧迫すると痛みを生じます。
触診はお皿の下だけでなく内・外膝眼も確認し、圧痛があれば膝蓋下脂肪体に問題があると判断します。内・外膝眼両側に圧痛があれば、両側に50~60mmの鍼を刺鍼します。片側だけ圧痛があった場合は圧痛のある側を刺鍼します。膝蓋下脂肪体というのは、靭帯の下にもあります。膝蓋骨正中の下0.4寸に「膝前(しつぜん)」という新穴があり、この部位にも刺鍼をします。膝前には50~60mmの鍼を使い骨に当たるまで刺入します。問題のある部位だと骨付近でズーンとした得気があります。そうした部位を中心に2~3mm間隔で密に刺入していきます。若年者であれば2~3回程度で終了となります。

内・外膝眼、膝前

オスグッド・シュラッター病

オスグッドイラスト

オスグッド・シュラッター病は小学校高学年~中学生(10~15歳頃)に多く発症し、男女比は女子より男子に多くみられます。膝蓋靭帯が付着する脛骨粗面付近の痛みを訴えます。バスケットやバレーボールなどジャンプ競技をしている人に多くみられます。大腿四頭筋が膝蓋靭帯になり脛骨粗面に付着しているので、脛骨粗面の膝蓋靭帯付着部は大腿四頭筋が働くと上に引っ張られるモーメントが発生します。この時期は成長期のため軟骨から骨に変化してくる時期です。そのため脛骨粗面は盛り上がり、痛みを生じます。
鍼治療では大腿四頭筋を緩めることがポイントになります。また、腸骨筋を使いすぎている場合もあるのであお向けで腸骨筋を触診して圧痛があれば、腸骨筋の刺鍼も行います。大腿四頭筋への基本刺鍼は大腿骨の上端を左右から挟むような形で横刺します。その後、局部である脛骨粗面へも外側から内側へ斜刺します。

大腿四頭筋、膝蓋靭帯刺鍼部位

多くの場合は3回程度で終了となります。

鵞足炎

鵞足とは脛骨上内側にある縫工筋、半腱様筋、薄筋が付着する部位です。膝関節から下5cmくらいの場所になります。症状はこの鵞足の痛みで運動時だけでなく安静時にも痛みを生じることがあります。若年者のスポーツ選手(バスケットボール、バレーボール等)に多くみられます。上記の通りに3つの筋肉が1箇所に付着しているので運動負荷が生じやすいのと、3筋が重なり合うことで筋肉同士で滑走障害が起こりやすい場所ともいえます。

治療のポイントは半腱様筋になります。うつ伏せで半腱様筋付着部の鵞足へ鵞足を擦るように40~50mm鍼3本を2列、合計6本を斜刺します。脛骨を擦って刺入していく中でズキーンとした得気を生じる部位があります。半腱様筋は大腿部では表層に位置しているため、触診で筋を確認しながら大腿部に刺鍼していきます。最後に半腱様筋起始部である坐骨結節へ75mm鍼を9本刺鍼します。

鵞足炎の刺鍼部位

変形性膝関節症

高齢者で膝が痛い方の大半はこの変形性膝関節症になります。男女比では女性に多く体格はふくよかな方が多いです。東京大学LOADスタディのデータによると、国内の有病者は2500万人、年間の人工膝関節置換術は約9万件とのことです。初期症状は「歩く時、階段昇降で膝が痛い」「朝、膝のこわばりを感じる」程度のことが多く、その状態で「急に膝を捻る」「普段やらないスポーツをした」「高い段差から下りた」など普段やらない動作で膝の痛みが悪化してそのまま痛みが治らなく、状態が悪化していくというケースが多いです。
変形性膝関節症の要因は年齢、性差、力学的要因、遺伝的要因、肥満、喫煙など様々な要素が関係しているといわれています。

変形性膝関節症は進行性の疾患です。大きく初期、中期、末期と3つのステージに分けられます。鍼灸の適応は初期、中期で末期は適応外になります。

初期は、長時間座った後、立ち上がる時に膝の違和感があるが、しばらくすると違和感は無くなる、または起床してすぐ膝の違和感を感じるが、家を出る時には軽快するといった症状です。痛みがあっても一時的で病院へ行くほどでもないと考える方も多いかと思います。
中期は、正座やしゃがみこみは痛みや可動域制限のため出来なくなり、歩行での痛みも持続的な痛みとなってきます。階段昇降も2足で1段ずつしか出来ないようになったり、平地の歩き方も変化がみられる方もいます。
末期は、歩行時の痛みが強くなりゆっくりとしたスピードでしか歩けなくなります。この時期では1本杖を使う方も多くいます。歩く、しゃがむ、階段昇降するといった動作が他の人と同じように出来なくなり、そういった動作を避けるようになります。動かなくなると脚の筋力も落ち、益々動けなくなるといった悪循環に陥ってしまうのです。このステージの方は病院で人工膝関節置換術を勧められます。

評価

病院へ行くと例外なくレントゲン検査を行います。レントゲン検査では下図のように、変形性膝関節症のどの段階であるかが分かります。

変形性膝関節症分類図

一方、鍼灸の評価では、問診で「いつからその痛みを感じたのか」「どの辺りが痛いのか」を確認します。やはり経過が長いほど治療に時間がかかります。次に視診では膝が腫れていないか確認します。
次に関節の可動域、筋力検査をして、痛みを訴えている部位からどの筋や組織が問題なのか触診します。一番多い疼痛部位は膝の内側です。膝だけでなく大腿部の筋肉にも問題が無いか確認します。

治療法

まず、大腿部の内側にある内転筋が緊張して伏在神経を絞扼していることが多いため内転筋群へ刺鍼します。内転筋刺鍼はベッドと平行に大腿骨に当てたラインを中央としてその前後に1ラインずつ刺していきます。鍼は75mm~100mmの長さを使用します。いずれもズーンとした感覚があるかどうかをみながら刺入を進めていきます。
次に膝蓋下脂肪体へはジャンパー膝の項でも説明した内膝眼に50~60mm鍼を刺入していきます。

内転筋群刺入部位

基本は上記のような部位に施術していきます。回数の目安は20回程度で終了になります。

ご高齢ということもあり、血流を促すため軽度の運動を併用すると効果的です。いくつか運動をご紹介します。

SLRex

股関節外転訓練

膝裏でクッションを押す練習

下肢伸展挙上は痛い側(患側)の脚を図のように挙上します。高く挙げる必要はありません。30度くらいで良いです。この運動は腹筋群と股関節前側の筋肉(腸腰筋)、大腿前側の筋肉(大腿四頭筋)一緒に訓練出来ます。痛みがない範囲で行います。回数は個人の状態にもよりますが、1日10回を2セットから始めます。

横向きで脚挙げは股関節の運動になります。股関節の外側にある中殿筋の訓練です。なんで膝なのに股関節なのかと思う方も多いかもしれません。股関節の筋力が弱いとそのお隣である膝関節に頼らざるを得なくなります。つまり、膝の負担を減らすために股関節の筋力が必要な方がいるのです。注意する点は体幹と挙上する脚が直線になるように挙上することです。自分自身では分かりにくいので同居の家族が居る方は見てもらうと良いでしょう。回数は1日10回を2セットから始めます。

膝裏でクッションを押す練習は大腿四頭筋の訓練になります。内側広筋は膝を伸ばす最終域で活動性が高まるので、太腿の内側の筋肉が痩せてしまった方に良い練習になります。クッションが無ければバスタオルを丸めた物でも代用できます。回数は1日20回を2セットから始めます。