使用鍼

鍼の解説

現代で主に使われている鍼は「毫鍼」とよばれる物です。これは中国の黄帝内経霊枢の九鍼十二原篇、菅鍼篇、九鍼論篇に記載されている古代九鍼に由来します。
霊枢というと漢代に書かれた書物といわれています。江戸時代(徳川吉宗の時代)に書かれた「鍼灸重宝記」にも毫鍼の図がありますが、現在とほぼ同じ形状です。
江戸時代初期に杉山和一が「鍼管」という物を考案しました。これは鍼を細い管(鍼の長さより5mm程度短い)に入れて鍼を刺入することで、刺入時の痛みを少なくして、細い鍼でも刺しやすくする利点がありました。
現在では鍼と鍼管がセットになって販売されている鍼も多くあります。

鍼の区分

鍼は鍼柄と鍼体に分けられます(下図参照)。
鍼柄はいわゆる「操作する部位」で鍼体の操作や保持、刺入する時に使用します。鍼柄と鍼体の接合は「カシメ式固定」と「捲線式固定」、「成形式固定」に分けられます。
カシメ式は金属の鍼柄に多く、捲線式固定は中国鍼に多く、成形式は単回使用鍼に多い傾向があります。

鍼の先端を「鍼尖」といい、その形状は大きく分けて5種類に分けられます(下図参照)。

  • 松葉形:ノゲ形に丸味をもたせたもので、刺入しやすく痛みも少ないのが特徴です。
  • 柳葉形:ノゲと松葉の中間の形にしたものをいいます。
  • 卵型:松葉形より先端に丸みをもたせたもので、刺入の痛みは少ないですが組織が硬いと進まなくなります。
  • ノゲ形:撚鍼法(鍼管を使わない刺入)で刺入しやすいですが、刺入技術が未熟だと痛みを伴いやすい特徴があります。
  • スリオロシ形:鍼体の途中から徐々に細くしたもので、現在はほとんど製造されていません。


鍼の材質

鍼灸鍼で最も良く使用されるのはステンレス製の鍼です。その他は金鍼と銀鍼がありますが、限られた鍼灸院のみ使用されています。
ステンレス鍼の鍼体の材質はFe(鉄)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)を主成分とした合金です。製造メーカーにより成分の割合は異なります。
金鍼はAu(金)を主成分とし、Ag(銀)、Cu(銅)、Zn(亜鉛)を含有した合金です。
銀鍼はAg(銀)を主成分とし、Cu(銅)、Zn(亜鉛)、Ni(ニッケル)を含有した合金です。銀鍼はメンテナンスを怠ると錆びやすく、管理に注意が必要です。

鍼の長さと太さ

鍼の長さと太さは、1986年4月1日から全日本鍼灸学会で定められたメートル法が用いられるようになりました。分寸法は旧来の呼称ですが、養成校でメートル法と分寸法、どちらも習うため、業界ではどちらの呼称でも通じます。
新規格による鍼体長は10mm~150mmまで10mmごとに定められています。15mmと75mmはイレギュラーにあります。旧来の呼称だと1寸は30mm、2寸は60mm、2寸5分は75mm、3寸は90mm、4寸は120mmに相当します。おおむね日本で主に販売されているのは30mm~75mmまでの鍼です。

次に太さですが、0.1~0.5mmまで0.02mm間隔で分けられています。呼称はmm標記と番手標記があります。
00番は0.12mm、0番は0.14mm、1番は0.16mm、2番は0.18mm、3番は0.20mm、4番は0.22mm、5番は0.24mm、8番は0.30mmというように対応しています。
国内で流通しているのは主に0.12mm~0.30mmまでとなります。

中国鍼の方が多種類の長さ、太さの鍼が流通しています。鍼体長は15mm~150mmまでのものがあります。また、太さは0.22mm(35号)~0.45mm(26号)まで0.02~0.03mm間隔で設けられています。日本と異なり号数が低くなるほど鍼は太くなります。

当院の使用鍼

当院で使用する鍼の長さ

当院で使用する鍼

上図は当院で使用している鍼の長さの写真になります。40mm~125mmの鍼を使用して施術部位や体格に合うサイズを選択します。100mm以上では操作する部位(鍼柄)が長くなり操作しやすくなっています。

太さは、当院では0.30mm~0.40mmまでの鍼を良く使用します。
当院に来院される方で鍼治療が未経験の方や虚弱体質の方にはまず0.25mmから始めます。0.25mmで1本打ってみて、「これで大丈夫ですか?」と確認してOKであったら、その鍼を使用します。仮に「刺激が強いです」という場合はもっと細い0.20mmか0,18mmで鍼を打ってみます。刺激の感受性は個人差が大きいため、常に状態を確認するということを大切にしています。

75mm以上の鍼は太さ0.40mmを基本的に使用します。

 

日本鍼と中国鍼

日本鍼と中国鍼の違い

日本鍼と中国鍼

上図は日本鍼と韓国鍼、中国鍼の写真になります。
これは各々40mm(寸3)の鍼です。しかし、見た目では中国鍼が長く見えます。これは中国鍼の鍼柄(持つ所)が日本鍼の倍以上に長いためで、中国鍼の3寸は、日本鍼の3寸と全長がほぼ同じ長さになります。中国鍼の鍼柄がなぜ長いかというと、撚鍼(ねんしん)操作しやすいためと抜き忘れを防止するために分かりやすくしたから、だといわれています。実際、硬い筋肉に鍼を入れる時は撚鍼しないと鍼が入っていかない事が多々あります。撚鍼というのは親指と人差指で鍼を時計回り、反時計回りに回転させながら刺入することです。

次に日本鍼と中国鍼は材質が違います。中国鍼は磁石にくっつきますが、日本鍼で磁石にくっつく物は少ないです。つまり、日本の鍼は質の良いステンレスを使用していて、中国鍼は鉄、ニッケルなど限られた金属を主にした合金で出来ているのです。ステンレス鋼で代表的な物はクロムです。クロムの性質は光沢があり硬く、ほとんど錆を生じないことです。一般的に日本鍼は硬いので切皮痛が強く、中国鍼は柔らかく切皮痛が弱いです。中国鍼は日本鍼より柔らかいため、細い鍼だと始めの刺入(切皮)で鍼が曲がってしまいます。そのため、ある程度の太さ、北京堂では0.30mmの鍼を標準的に使用しているのです。

3つ目は効能が違います。中国の書籍には、鍼は急性疼痛に効果があり、特に炎症を鎮める作用があると書かれています。そのため、ぎっくり腰などでは中国鍼を使い施術直後に痛みが軽快します。また、中国鍼は日本鍼より筋肉を緩めやすいです。ですので、肩こりや体の痛みに関する施術は中国鍼の方が得意分野になると考えられます。中国鍼は整形外科にかかるような疾患には強いのですが、内科系の慢性疾患は日本鍼の方が分が良いようです。

4つ目に得気(とっき)させることが違います。中国鍼は「霊枢」に基づいているため「気至有効」を重視しています。だから鍼法では得気がなければ効果がないと考えています。それに対して日本鍼は得気や響きなどを無駄な痛みとして排斥している流派が多いのです。得気とは中国の書籍には「刺入時に釣り針に魚がかかったような感覚である」と書かれています。つまり鍼が引き込まれるような感覚です。そして患者側には「筋肉痛のようなだるさ、痺れるような感覚、腫れぼったい感じ、重だるい感覚」があります。鍼を硬くなった組織に刺している時に普段の痛みが再現される時があります。それが得気であり、中国ではこれが無ければ効果がないとされています。

5つ目に刺入部位が違います。日本の鍼では昔ながらの経穴と一部の奇穴を使います。ところが、中国の鍼治療では奇穴や新穴、阿是穴(あぜけつ)を使用することが多いのです。阿是穴は圧して嫌な痛みを生じる部位です。健康な部分は押されている感覚だけ生じます。阿是は漢文でよめば「ああ。これこれ」です。そして奇穴とは文化大革命以前から書物に記載されていたものの、まだ経脈に配属されていない穴のことで、奇とは「余り」という意味です。新穴とは文化大革命以降に発見された穴で、経脈には属していません。このような奇穴と新穴を「経外穴(けいがいけつ)」と呼びます。上海科学技術文献出版社の「中華奇穴大成」には約2200の経外穴が記載されています。中国鍼では相当数の奇穴や新穴が組み込まれており、危険さえなければ、自由な場所に刺鍼して得気させる鍼といえます。

6つ目は中国鍼の診察では脈診や舌診はせず、望診(視診)と切経(触診)をします。「素問」では「刺鍼治療では、まず経脈をみて、経脈に沿って按じ、その虚実を審査してから調える」とあります。そのため、中国鍼では太陰肺経の太淵を脈診することはありません。脈診は死脈が現れていないか調べるために行うだけですが、それは自分では治せるか否かを判断する目的で行うのです。
それに対し、日本鍼はトリガーポイント療法や大阪の圧痛点鍼以外は、脈と舌が主な指標となります。

7つ目は、刺入深度です。日本鍼は経穴が体表にあるとして5mm~1cm程度しか刺入しません。それ以上に刺入するのはトリガーポイント療法と大阪の圧痛点鍼あたりです。中国鍼は一般的に得気があるまで刺入するので、鍼の長さは4cm~10cmを主に使用します。過梁鍼などでは10cm以上の鍼を使用し鍼根2cmは皮膚から出さないといけない規則になっています。

8つ目に日本鍼と中国鍼では卒業後の教育方法が異なります。学校では東洋医学概論という教科書をベースに習い、五臓六腑の状態、気血津液の状態を元に治療部位を決めるというようなプロセスを学びます。しかし、大部分の人は卒業後は勉強会や講習会に行くしかありません。鍼灸学校では学生の内から勉強会に参加する人も多いのです。
中国では大きな病院には有名な鍼灸師がいて、その助手となり鍼灸用具の準備、掃除、抜鍼したりします。抜鍼しながら刺入する深さ、刺入角度、鍼の刺さり具合、効果を学んでいき看板鍼灸師の跡継ぎとなります。北京堂では定期的に研修して臨床を学んでいきます。

9つ目に日本鍼は主観的なのに対し、中国鍼は客観化しようとしています。例えば日本鍼では寸関尺(手首の動脈)に指を載せて脈を診て病状や効果を判断します。これでは、Aさんは「尺が弱い」と言うがBさんは「関が弱い」など脈を診る人によって異なる判断が起きやすいです。しかし、中国では刺鍼効果の判定基準も統一しようとしています。それに対して日本では脈や舌を基準としたり、皮膚の電気抵抗だったり、腹の硬さだったりと判断基準がバラバラでこれでは比較検討が出来ない状況です。また、主観的では技術の発展も期待できません。

10番目に中国鍼は鍼体が柔らかいので曲がりやすく、太さ0.3mmを標準的に使用します。それに対し、日本鍼はほとんどが0.2mm以下の鍼を使います。しかし、中国鍼は柔らかいため、皮膚に入れる時(切皮)は痛みが少ないのです。