慢性腰痛

基礎情報

原因が明らかな「特異的腰痛」は腰部疾患の15%で、原因が明らかでない「非特異的腰痛」は85%といわれています。特異的腰痛とは、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症、腰椎圧迫骨折などです。腰痛の85%が原因が分からないということで病院では湿布や飲み薬、物理療法などの対応が多いようです。
腰痛の発痛源は、①筋肉・筋膜、②神経、③椎間関節、④椎間板、⑤仙腸関節、⑥骨があります。これらの組織でどの組織が主要な問題点なのか、について問診や触診、運動テスト、姿勢などの評価を丁寧にすることで明らかになります。

鍼灸適応、非適応の鑑別

腰痛は悪性腫瘍、骨折、馬尾症候群のような専門医の対応が必要な場合があります。下記1~5の症状が認められる方は先に専門医の診察を受けてください。

  1. 膝から下の感覚、運動麻痺がある→馬尾症候群の可能性
  2. 尻餅をついてから腰が痛くなった→圧迫骨折の可能性
  3. 最近、急激な体重減少がある→悪性腫瘍の可能性
  4. 安静にしていても症状が変わらない→脊髄症の可能性
  5. 発熱、体調不良が続く→脊柱感染の可能性

腰痛の鍼灸施術は上記のようなリスクファクターがない限り、適応となります。

脊柱の構造

人の背骨(脊柱)は頚椎7個、胸椎12個、腰椎5個、仙椎5個、尾椎3~6個が前後にS字カーブを描き、つながっています。
頚椎~腰椎の前方にある楕円形の円柱部分を「椎体」といいます。椎体はカルシウムの貯蔵庫としての役割もあり、骨粗鬆症などで骨密度が低下する時に一番強く影響を受けます。椎体の大きさは頚椎→胸椎→腰椎の順に下へいくほど大きくなります。
椎体と椎体の間には椎間板という組織があります。椎間板はコラーゲン繊維と線維軟骨からなる外層の線維輪と中央のゼリー状の髄核からなります。

筋・筋膜性腰痛

a.病態

私たち人間は重力に抗するため姿勢を維持したり、動作を遂行するために筋肉の力を使います。動作において身体をどう使うか、という点に問題がある場合もあり局所的な筋肉の過負荷を生じているケースがあります。このようなことが起点となり筋が硬化してしまうと腰痛を生じます。これを筋・筋膜性腰痛といいます。
筋が原因の痛みはどこが痛いのか(部位の確認)、圧迫して痛みがあるか、身体を動かして(体前屈・後屈など)痛みがあるかを確認することで発痛源を絞り込みます。

b.多くみられる所見

  • 前屈時に腰が痛い
  • 腰部~臀部の連続しない腰痛
  • 後屈すると疼痛が消失
  • 横になると痛くない
  • 歩行を続けていると腰が痛い

仙腸関節炎

a.病態


仙腸関節は脊柱と骨盤を連結し、体重の2/3を占める上半身を支えつつ、地面からの衝撃を緩衝します(右図参照)。仙腸関節の前後は腸腰靭帯、前・後仙腸靭帯、仙結節靭帯に覆われ強固に連結され、動きは数mm程度で可動性はわずかです。
Kurosawaらによると仙腸関節障害を呈する患者の後仙腸関節靭帯部分にブロック注射を行うことで疼痛が軽快・消失する例が多いと報告があります。このことから仙腸関節炎は靭帯部分の障害を取り除くことがポイントとなります。では筋肉は問題ないのかというと、筋張力の負荷で靭帯部分に過剰なストレスが加わることもあり、筋の状態も確認する必要があります。
仙腸関節は仙骨と骨盤を連結しているので骨盤前後傾に関わる筋肉は仙腸関節にも影響を与えやすいと考えられます。骨盤前傾は多裂筋、腸骨筋、大腿直筋、縫工筋、大腿筋膜張筋が関わり、骨盤後傾は腹筋群とハムストリングスが関わります。

b.多くみられる所見

上後腸骨棘付近の圧痛
one finger test陽性

動作の評価

A)体を前屈すると痛い

立位で体幹(胴体)を前屈すると上半身は重力の影響で前方に回転するモーメントが発生します。それに抗するように背筋群が緊張します。この時に腰が痛い原因は脊柱起立筋が発痛源になることが多いです。脊柱起立筋は多裂筋、最長筋、腸肋筋のことです。また、前屈する時に股関節を曲げる格好になるため、腸骨筋が発痛源となる場合もあります。

B)体を後屈すると痛い

立位で体幹を後屈すると上半身は重力の影響で後方に回転するモーメントが発生します。それに抗するように下腹部~股関節前面の筋が緊張します。この時の痛みの原因は大腰筋が原因となるケースが多いです。大腰筋は腰椎から出る多くの神経が筋肉内を通過するため、この筋肉が硬化して体を後ろに反らせると筋肉が神経を圧迫して痛みを生じます。

C)体を外側に傾ける(側屈する)と痛い

立位で体幹を外側に傾けると重力の影響で外側に回転するモーメントが発生します。それに抗するように傾けた反対側の体幹筋と股関節外側筋が緊張します。具体的には腰方形筋と中殿筋、小殿筋が発痛源となります。腰部と股関節は隣り合う部分で、身体を動かしたときに各々単独で動くわけではありません。股関節の可動性が悪いと腰部でその動きを補おうとします。

圧痛点の評価

問診からの情報、上記の動きによる評価と合わせて圧痛点があるかどうか確認します。
うつ伏せでは棘突起の外側2~3cmを圧して痛みがある場合は脊柱起立筋を疑います。
棘突起の外側4~5cmで腸肋筋の外側を圧して痛みがある場合は腰方形筋を疑います。
上後腸骨棘のやや内側の仙腸関節部に痛みがある場合は仙腸関節障害を疑います。
腸骨稜と大転子の間を圧して痛みがある場合は中殿筋、小殿筋を疑います。
あお向けでは、膝を立ててもらい臍の斜め下4~5cmを圧して痛みがある場合は大腰筋を疑います。
また、腸骨稜の内側を圧して痛みがある場合は腸骨筋を疑います。

各筋肉への施術

a)脊柱起立筋

脊柱起立筋のスパズムがあると以下のような症状が出現します。

  • 背骨の脇を押すと痛みがある
  • お辞儀するような姿勢になると腰が痛い
  • 立っている時、電車に乗っている時に腰が痛い

第9胸椎棘突起の外側2cmに鍼を入れ3cmおきに尾側へ鍼を入れていきます。9~12胸椎までは針先が椎骨(背骨)に当たったことを確認して第2仙骨の高さまで鍼を入れていきます。皮下組織と筋肉合わせて3~6cmの厚みがあります。腰部では筋肉の幅が広くなるため2~3列刺鍼する場合もあります。

b)大腰筋

大腰筋にスパズムがあると以下のような症状が出現します。

  • 明け方や起床時に腰が痛む
  • 仰向けで寝ることがつらい
  • 立位で上半身を後ろに反らせると腰が痛い
  • 腰痛だけでなく”ふともも”や”ふくらはぎ”の痛みもある
  • 咳やくしゃみをすると鈍痛がある
  • 腰が痛いがどの辺が痛いのかはっきり分からない

まず腸骨稜の高さ(L4,L5間)の正中より外側5cmの部位に鍼を入れます。大腰筋は椎体のすぐ外側にあり、皮下6cm~9cmの深さに存在します。そのため75mmか90mmの長さの鍼を使用します(下図参照)。Aの鍼は肋骨突起に針先が当てた鍼です。この深さから2cm先までは安全刺鍼範囲といわれており、Aの鍼が刺入した深さを指標にB,Cのように刺鍼していきます。筋の状態が硬いと脚までズーンと響く感覚が生じますが鍼を入れた状態で置鍼することにより20分程度で軽快していきます。

c)腰方形筋

腰方形筋にスパズムがあると以下のような症状が出現します。

  • 立位で上半身を左右に倒すと腰が痛い
  • 痛む場所が腰の外側である
  • 立ち上がる時や座る時に腰が痛む

腰方形筋は腸骨稜から肋骨に付着しています。筋肉の位置が腰部の外側に位置するため、「腰の外側が痛い」という訴えの場合、問題となることが多いです。刺入ポイントですが、腸肋筋の外側から脊椎の椎体へ向けて100mmの鍼を入れていきます。

d)中殿筋、小殿筋

中殿筋や小殿筋にスパズムがあると以下のような症状が出現します。

  • 痛む部位が腰の外側である
  • 立位で上半身を外側に倒すと腰が痛む
  • ふとももの外側にも痛みがある

「腰の外側が痛い」という訴えで、圧痛点が腸骨稜より下にある場合、中殿筋、小殿筋が問題であると考えられます。刺鍼方法は大転子を触診して、そこから遠位3cmを目安に75mm~100mmの鍼を扇状に刺鍼します。この長さで骨盤に当たるまで鍼を入れていきます。骨盤に当たる前の5mm厚部分が最も筋が硬化していることが多く、骨盤に当てることをポイントに刺入します。

e)腸骨筋

腸骨筋のスパズムがある場合、以下のような症状が出現します。

  • 腰とお尻の境辺りが痛い
  • お尻の真ん中より上が痛い
  • 長時間座っていると腰が重くなる、又は腰痛がある

上記のような症状が出現する場合、又は上記筋の治療で好転しない場合は腸骨筋の問題を疑います。腸骨筋は骨盤の前側にある腸骨窩から大腿骨の小転子に付着しています。位置関係は骨盤の前方にあり一見、腰とは関係ないように見えます。しかし、例えば中腰になる姿勢は股関節と腰部はともに屈曲します。股関節の前方にある筋肉が硬化すると股関節が曲がりにくくなります。すると腰部で余計に屈曲しないといけなくなり、腰部の負荷が高まります。日常生活では腰だけ単独で動くことは無いため、隣接する関節の動きを考慮することは非常に重要なのです。
刺鍼は、あお向けで行います。三角枕を膝下に入れて膝を立てた姿勢になってもらい上前腸骨棘より内側1cmのポイントから垂直に100mmの鍼を入れていきます。同じく上方に刺鍼点をとり腸骨に添わせるように鍼を入れていきます。腸骨筋は深層になるほど厚みが増すため、仙腸関節部分まで鍼を入れるように刺入します。